車同士の交通事故において、当初は物損事故扱いだったのに、途中で人身事故に変更されたというケースは少なくありません。物損事故から人身事故に変更された場合、物損事故では補償されなかった損害の賠償も請求されることになります。
当然、示談交渉の内容も変わりますので、交渉が難しいと思ったら必要に応じて弁護士への相談・依頼を検討しましょう。 本記事では、物損事故と人身事故の違いや、物損事故から人身事故に変更された理由、変更するときの流れ、注意点について解説します。
- 人身事故になると損害賠償請求額や加害者側の責任が大きくなる
- 物損事故から人身事故への変更は事故発生から10日間以内が目安
- 変更や過失割合に納得できない場合は弁護士に相談するのがおすすめ

物損事故と人身事故の違い
同じ交通事故でも、物損事故と人身事故には明確な違いがあります。賠償請求の内容も、物損事故と人身事故では大きく異なるので、どのような場合に物損事故あるいは人身事故になるのか、基本的な知識をチェックしておきましょう。
ここでは物損事故と人身事故の主な違いについて解説します。
物損事故とは物への損害が発生した事故
物損事故とは、その交通事故による損害が物的なものに限定されている事故のことです。例えば、衝突の衝撃で車両が傷ついたり、車内に積んでいた物が破損したりしたけれど、運転者や同乗者にケガはなかったという場合は物損事故扱いになります。
物損事故の場合、加害者側に請求できるのは、物に生じた損害の賠償のみです。また、飲酒運転や相当な速度違反があった場合や、当て逃げや建造物の損壊の場合などの例外を除き、加害者側に刑事処分や行政処分が下されることはなく、拘禁や罰金などの刑罰が科されることはありませんし、運転免許の違反点数の加算などは行われません。
人身事故とは身体への損害が発生した事故
人身事故とは、交通事故によって人がケガを負い、又は死亡した事故のことです。ケガの程度にかかわらず、人身事故の方が物損事故より加害者に対する損害賠償の範囲は広く、かつ加害者が負うべき責任も重大になります。
なお、交通事故では人身事故と物損事故が重なるケースがありますが、人の生命や身体に損害が生じた時点で、物損の有無にかかわらず人身事故扱いとなります。 人身事故になった場合、加害者側が賠償請求される可能性のある損害項目は、以下のとおりです。
- 治療費
- 慰謝料
- 休業損害
- 逸失利益 ・物損(修理代、代車費用など)
また、加害者側は拘禁や罰金などを含む刑事処分や、状況に応じた違反点数の加算などの責任を負います。
物損事故から人身事故に変更された理由は?

当初は物損事故として扱われていても、被害者側から切り替えの申し出があり、かつ警察がそれを認めた場合は、人身事故に変更されることがあります。
物損事故から人身事故に切り替える理由は人によってさまざまですが、ここでは代表的なケースを4つご紹介します。
後でケガをしていることが判明した
事故が発生した当初は物損だけだと思っていたけれど、後になってケガをしていることが判明したというケースです。
裂傷や骨折であれば事故発生直後からケガをしたことを認識できますが、例えば、事故の衝撃で首や腰がむちのようにしなった影響で周辺組織が損傷するむち打ち症の場合、しばらく経ってから痛みやしびれなどを感じるケースが多々あります。
その場合、医療機関で診察や治療を受けることになりますが、物損事故扱いのままではケガの程度が軽いのでは?という疑念を抱かれて診察費や治療費を十分に補償してもらえないおそれがあるので、物損事故から人身事故への切り替えるのが無難といえます。
なお、むちうちの症状が現れるまでの時間には、個人差があるものの、受傷してから数時間~1日が多く、ほとんどのケースでは3日以内に症状が出現すると言われています。人身事故への切り替えについては特に期間制限は設けられていませんが、症状が出現してから病院を受診し、警察に届け出るまでの日数を考慮すると、軽微な事故を除いて、事故後10日間が経過するまでは物損事故から人身事故に切り替えられる可能性が相当程度あると考えておきましょう。
損害賠償の対象を拡大したい
物損事故の場合、請求できるのは物に関して生じた損害(修理費、評価損、代車費用など)の賠償のみです。
一方、人身事故の場合は、物に関して生じた損害に加え、治療費や慰謝料、休業損害、逸失利益なども損害賠償の対象になります。このように損害賠償の対象が拡大することにより、損害賠償金の額も大きくなるので、受け取る金額を増やすために物損事故から人身事故に変更するケースも多く見られます。
実際、事故発生当初に「軽傷だし、手続きが面倒だから物損事故でよい」と思っていた被害者が、後から損害賠償金の増額を目的に人身事故への変更を申し出る事例もあります。
物損事故から人身事故への切り替えには医師の診断書等が必要ですので、損害賠償金を増やしたくても、ケガの実態がなければ切り替えは不可能ですが、軽傷であっても事故との因果関係が認められれば、切り替えは可能になります。
刑事責任を問いたい
物損事故の場合、当て逃げなど悪質な事例を除けば、基本的に加害者は行政処分や刑事処分を受けることはありません。そのため、被害者が加害者に刑事責任を問いたいと考えた場合、物損事故から人身事故に切り替えられることがあります。
この場合、事故後の加害者の対応に問題があるケースが多く、「反省しているように見えない」、「事故後、挨拶や謝罪が一切なかった」などの態度に不服を感じ、何らかの処分を与えたいという思いから人身事故への切り替えを検討する人もいるようです。
人身事故になると、加害者側には罰金や拘禁といった刑事処分が科せられる可能性がある他、運転免許の違反点数の加算などの行政処分が下されることがあります。
実況見分を行って証拠を残したい
実況見分とは、事故の当事者立ち会いの下、警察が現場を検証して事実確認や証拠保全を行うことです。交通事故の場合、路面の状態や道路条件、交通規制の有無、立会人の情報などを確認した上で、実況見分調書が作成されます。
事故の詳しい状況を記した実況見分調書は、交通事故の補償の基準となる過失割合を判断する有力な資料です。物損事故の場合、原則として実況見分は行われませんので、過失割合でもめた場合に備えて、物損事故から人身事故への変更を行うケースもあります。
なお、物損事故から人身事故に切り替えた場合、原則として、加害者および被害者はあらためて実況見分に立ち会うことになります。
加害者側が物損事故から人身事故に変更したくない理由
加害者のほとんどは、物損事故から人身事故への変更を望んでおらず、なかには事故発生時に「人身事故扱いにしないでほしい」と直訴してくる人もいます。なぜ人身事故扱いにしたくないのか、その理由は大きく分けて3つあります。
1.処分を受けたくない
2.損害賠償を低く抑えたい
3.事故を早期解決したい
1について、罰金や拘禁刑、違反点数の加算などから逃れたくて人身事故への変更を渋るケースです。物損事故なら基本的にこれらの処分を受けなくて済むため、加害者側のメリットが大きくなります。特に、タクシーの運転手やトラックの運転手など、車の運転が仕事に直結している方にとっては、免許停止等の行政処分を受けることは死活問題ですので、それ以外の方に比べて、物損事故扱いにするようにお願いされることは多いように感じます。
2について、相手が任意保険に加入している場合、賠償金を支払うのは保険会社なので加害者自身が支払いを負担するわけではありません。ただ、保険を利用すると翌年から保険料が割高になるので、相手が「物損事故にして自腹で少額の修理代を支払いたい」と考えて、物損事故のまま処理したいと希望してくることがあります。また、相手が任意保険に加入していない場合、相手は、自賠責保険の範囲を超えて生じた損害を自ら負担する必要があるので、この場合も、同様に自己負担額を少額におさえるべく、物損事故のまま処理したいと希望してくることがあります。
3について、人身事故にすると、被害者が治療を終えるまで示談交渉を進められませんので、物損事故に比べて、解決までに時間を要する傾向にあります。そのため、なるべく早く事故を処理してしまいたい方は、早期解決を目指して人身事故への切り替えに反対することもあります。
物損事故から人身事故に変更するときの流れ
一度物損事故として受理された事故を人身事故に切り替えるには、所定の手続を行う必要があります。新たに必要となる書類もあるので、あらかじめ切り替えの流れや必要な手続について確認しておきましょう。
ここでは、物損事故から人身事故に切り替えるときの基本的な手順を説明します。
病院での診断書作成
人身事故に切り替えるためには、被害者が事故でケガを負ったことを証明する診断書が必要になります。ケガの診察・治療を受けた医療機関に交通事故による傷害であることを伝えた上で、診断書の作成を依頼しましょう。
事故発生から初診までに間が空きすぎると、事故との因果関係を証明するのが難しくなるので、痛みやしびれ、違和感などの症状が現れたら、すぐに医療機関を受診することが大切です。なお、医師のみが診断書を作成できますので、整骨院や整体院では診断書を作成してもらえないことにあらかじめ注意が必要です。
警察への診断書提出
医療機関で診断書を作成してもらったら、その事故を担当した管轄の警察署へ提出します。診断書の他にも、運転免許証や車検証、自賠責保険証、印鑑などが必要です。
なお、警察署を突然尋ねても担当者不在などで手続できない場合があるので、事前に連絡して、いつ、何を用意して来署すればよいか尋ねておくことをおすすめします。
診断書の提出に決まった期限はありませんが、前述のとおり、時間が経つほど事故とケガとの因果関係を証明するのが難しくなるので、事故後に痛み等が出現したら、速やかに病院を受診して診断書を受け取り、早めに提出することを心掛けましょう。
警察による実況見分
人身事故への切り替え手続が受理されると、原則として、加害者・被害者立ち会いの下、警察による実況見分が行われます。具体的には、現場で事故時の状況を説明した後、警察署に移動し、改めて事故の状況や加害者に対する気持ちなどの聞き取り調査を受けます。
最後に、実況見分書と供述調書の内容を確認した上でサインを求められますが、両方ともしっかり目を通して、内容に誤りがないかどうかチェックしましょう。一度サインしてしまうと、基本的に後から訂正することはできないので、誤りがあったらその場で訂正してもらうことが大切です。
保険会社への書類提出
人身事故への切り替えが完了したら、加害者側の任意保険会社に交通事故証明書を提出します。
交通事故証明書は、自動車安全運転センターで、窓口に備え付けの申請用紙に必要事項を記入し手数料を添えて申し込むと、その場で交付されます。
近場に自動車安全運転センターがない場合は、ゆうちょ銀行や郵便局でも手続することが可能です。その場合、警察署や交番などに備え付けてある交通事故証明書申込用紙に必要事項を記入し、手数料や払込料金を添えて申し込みます。なお、交通事故証明書は、後日自宅(または指定の宛先)に郵送されます。
物損事故から人身事故に変更されたときの注意点
物損事故から人身事故への変更にあたっては、変更期間や過失割合の話し合いなどに注意する必要があります。
特に過失割合については、損害賠償額を決める基準になる他、行政処分や刑事処分の重さを左右する要素にもなるので、正しく主張することが大切です。
ここでは、物損事故から人身事故へ切り替えたときに注意すべきポイントを3つ挙げて説明します。
変更可能な期間は特に決まっていない
物損事故から人身事故に変更可能な期間については、特に決まりはありません。
ただし、人身事故への切り替えには事故とケガの因果関係を証明する必要があります。事故発生から時間が経てば経つほど、そのケガが本当に事故の影響によるものかどうかを判断しにくくなりますので、一般的には、事故発生から10日間以内に医師の診察を受けて、変更手続きを行うことが無難といえます。
事故発生日から10日間を過ぎた後でも、医師の診察を受けて診断書を取得し、警察に切り替えを申し出ることは可能ですが、人身事故であるか否かは警察の判断に委ねられます。時間が経ちすぎていると警察から切り替えを拒否されることもあるので注意しましょう。
なお、その場合は自賠責保険会社に人身事故証明書入手不能理由書を提出すると、人身事故扱いにしてもらえる可能性があります。
正しい過失割合を主張する
過失割合とは、発生した事故に対する当事者の責任の割合のことで、示談交渉段階では、基本的に当事者同士の話し合いによって決定されます。
過失割合は、加害者側(任意保険会社)から提示してくるのが一般的ですが、その内容に不服がある場合は双方が納得するまで交渉が続きます。過失割合は、損害賠償額や処分の大きさを左右する重要な要素なので、相手から提示された割合に納得がいかない場合は、妥協せずに正しい過失割合を主張しましょう。
必要に応じて弁護士へ相談する
物損事故から人身事故への切り替えに納得がいかない場合や、提示された過失割合に不服がある場合は、受けた処分(行政処分)の効力や刑事責任について争ったり、相手方に反論することができます。ただ、その場合は相手方ともめる可能性が高く、解決までの期間が長引く傾向にあります。
そのようなときは、示談交渉のプロである弁護士への相談を検討するのがおすすめです。
交通事故問題について豊富な経験・実績を持つ弁護士なら、自身の知識や過去の判例などを基に、適切なアドバイスを提供してくれます。正式に依頼すれば示談交渉や手続を一任できるので、スムーズな事件解決を目指せるでしょう。また、依頼することで安心感を得られますので、精神的な負担も軽くなります。
まとめ
被害者側が後からケガに気付いたり、損害賠償の範囲を拡大したいと考えたりした場合、事後的に、物損事故から人身事故に変更されることがあります。物損事故と人身事故では、損害賠償の範囲と金額に大きな違いがある他、行政処分や刑事処分などの対象になるかどうかという点でも違いがあります。
変更に不服がある場合や、示談交渉での過失割合に納得がいかない場合は、弁護士に相談・依頼して事件解決を目指した方がよいでしょう。琥珀法律事務所では、交通事故補償問題について豊富な実績があり、事案ごとの個別事情に応じて最善な解決策を提案します。
「物損事故から人身事故に変更させられて困っている」、「過失割合に不満がある」などの問題を抱えている方は、ぜひ弊所へご相談ください。

【経歴】
2008年 | 弁護士登録 |
2010年 | 主に労働事件を扱う法律事務所に入所 |
2011年 | 刑事事件、労働事件について多数の実績をあげる |
2012年 | 琥珀法律事務所開設東村山市役所法律相談担当 |
2014年 | 青梅市役所法律相談担当 |
2015年 | 弁護士法人化 代表弁護士に就任 |
2022年 | 賃貸不動産経営管理士試験 合格 2級FP技能検定 合格 宅地建物取引士試験 合格 |
2024年 | 保育士試験 合格 (令和5年後期試験) 競売不動産取扱主任者試験 合格(2023年度試験) |
【その他のWeb活動】
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