物損事故の被害に遭った場合、自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)を利用できません。それ以外に利用できる保険があるのか、気になる方もおられるでしょう。
この記事では、物損事故について知っておくべきことや、物損事故に対して利用できる保険の主な種類、事故発生から保険金請求までの流れや注意点について紹介します。
- 物損事故で利用できる保険は、車両保険と対物賠償保険(自分・相手)の2つ
- 自分の保険を用いる場合、翌年度の保険料が上がる
- 後で怪我や後遺症が見つかったら、人身事故へ切り替えましょう

物損事故とは?
物損事故とは、衝突・接触を伴う交通事故のうち、死傷者が生じていないものを指します。例えば、駐車中の無人の自動車に衝突したり、道路沿いのガードレールを破損させたりするような事故です。
交通事故に遭った場合、事故の当事者は警察への報告を行う義務があります。このときの届け出によって、物損事故として処理されるか、人身事故として処理されるかが変わってきます。
物損事故と人身事故の違い
物損事故に対して、“人の死亡または負傷を伴う”事故を人身事故といいます。物損事故と人身事故は、死傷者の有無以外にも、加害者に対する刑事処分・行政処分などの点で違いがあります。
物損事故 | 人身事故 | |
刑事処分 | 原則なし | あり |
行政処分 | なし | あり |
物損事故の場合、当て逃げなどの一部の例外(道路交通法に違反するような事例)を除いて、刑事責任を問われることはありません。また、物損事故では、違反点数の加算もありませんので、行政処分(免許停止などの処分)の対象にもなりません。
なお、負傷者がいて人身事故とすべき事案を物損事故として届け出ると、加害者の刑事責任や行政責任を追及できなくなる可能性があります。
(参考: 『用語の解説』)
物損事故による主な損害
物損事故による主な損害の例として、車の修理費用や、故障車のレッカー費用、代車(レンタカー)費用、修理が不可能な場合の買替代金、車に修理歴が付くことで生じる評価損(格落ち)などがあります。
また、事故に遭った車両が、タクシーやバスなどの営業車両の場合、車両を使用できない期間の休車損害の賠償も認められます。
その他、車両に搭載していた積荷の破損(積荷損)や、以下のような車両以外の物損についても、その所有者・管理者は、加害者に対して請求することが可能です。
- 看板や電柱、ガードレールなどの車両以外の破損
- 損壊した建造物の片付けに要する費用
- 建造物が使用できない期間の休業損害
ケガをした場合は人身事故として届け出るのが無難
交通事故で怪我を負った場合、原則として、物損事故ではなく、人身事故として警察に届け出を行うのが無難です。なお、いったん物損事故として届け出た後に、痛みが出てきてケガをしたことに気づいた場合は、事故的に人身事故へ切り替えることができます。
物損事故が発生したときに使える保険の種類
物損事故に対して利用できる保険は以下の3つです。
- 自分が加入している対物賠償保険
- 自分が加入している車両保険
- 相手が加入している対物賠償保険
単独事故を起こした場合は自分の対物賠償保険、当て逃げなどで加害者がわからない場合は自分の車両保険の利用を検討しましょう。加害者が判明している事故の場合、加害者の加入する対物賠償保険で補償されるのが一般的ですが、この場合でも、自分の車両保険を利用することは可能です。
自分が加入している対物賠償保険
対物賠償保険とは、他人の物や車両を破損させてしまったときに用いる保険です。例えば、不注意により他人の車と衝突し、相手の車を故障させた場合や、自損事故(単独事故)でガードレールにぶつかり、そのガードレースを破損させた場合に対物賠償保険を利用できます。
ただし、自分の「物」や「車両」は対物賠償保険の対象外です。そのため、例えば、自宅の車庫や塀などにぶつかって破損させた場合、対物賠償保険を利用することはできません。
上記のような対物賠償保険は、自動車保険の基本補償のひとつですが、より補償内容を充実させる対物超過特約という特約もあります。対物超過特約は、事故の相手の車両の修理費用がその車両の時価額を上回る場合に、その差額を補償するものです。法的には、一部の稀少車を除いて、修理費用がどれほど高額になろうとも、時価額までの範囲でしか賠償義務を負わないのが原則ですが、それでは事故の相手が納得せず、示談交渉が長引くことはよくあります。この点について、対物超過特約に加入していると円滑に示談交渉を進めることができるというメリットがあります。
自分が加入している車両保険
物損事故の中には、無人の駐車場での当て逃げなど、加害者の特定が困難な事故もあります。そういった事案で利用できるのが、自動車保険に付帯できる車両保険です。
車両保険は対物賠償保険と異なり、「自分の車(契約車両)」が補償対象となります。例えば、契約車両が車同士の事故で故障したときや、当て逃げに遭ったとき、落書き・いたずらをされたとき、盗難されたときなどに車両保険を利用できます。またガードレールなどで車をこすったときの修理費用も、車両保険から支払うことが可能です。
2023年3月末の時点における車両保険の加入率は46.6%ですが、加入しておくと、事故の相手方が無保険車を運転していたような場合(相手方に賠償の資力がない場合)であっても、補償を受けることができますので、安心です。
(参考: 『自動車保険 都道府県別加入率』)
相手が加入している対物賠償保険
物損事故の被害に遭った場合は、加害者が加入している対物賠償保険を用いて、車の修理費用や買換代金、代車費用などを請求できます。
ただし、請求できる金額は、契約時に設定された保険金額が上限です。また、車の修理費用や新車の買替代金は、事故当時の時価額を上限として、保険会社により賠償金が算定されます。例えば、買ったばかりの車が全損になった場合、新車の購入価格がそのまま補償されるとは限りません。
具体的な賠償額については、事故後の話し合い(示談交渉)を通じて決めていく必要があります。示談交渉について不安がある方は、交通事故に強い弁護士に相談されるとよいでしょう。
物損事故発生から保険金請求までの流れ

物損事故の発生から、損害賠償を請求するまでの流れは以下のとおりです。
- 二次被害を防止する
- 警察へ連絡する
- 保険会社へ連絡する
- 現場の状況を記録しておく
- 損害額を証明する資料を準備する
- 示談交渉を進める
前述のとおり、最終的な賠償額は事故後の示談交渉によって決まります。示談交渉に備えて、現場の状況を記録し、損害額を証明できる資料(修理代金の領収書など)を保管しておきましょう。なお、示談交渉を重ねても合意に至らなかった場合には、裁判等の法的な手続に移行することになります。
二次被害を防止する
交通事故の当事者になったら、まずは、負傷者の確認とその救護を行い(物損事故の場合、負傷者はいませんので救護は不要となります。)、二次被害を防ぐための現場対応、すなわち、道路における危険を防止する措置(道路交通法第72条1項)を行いましょう。現場周辺への注意を怠ると、事故で駐停車中の車や人に後続車が衝突し、重大な事故につながる恐れがあります。
特に死亡事故となる危険が大きい高速道路で事故が起きたら、以下のような現場対応を速やかに行いましょう。
- ハザードランプを点灯させ、路肩に停車する
- 発炎筒、停止表示器材を後方に設置する
- ガードレールの外側など安全な場所に避難する
- 発生した故障・事故状況を通報する(110番や道路緊急ダイヤル、非常電話など)
警察へ連絡する
次に、警察に連絡して、交通事故が発生したことを知らせてください。人身事故か物損事故かにかかわらず、交通事故の当事者は、速やかに警察へ報告することが義務付けられています(道路交通法第72条第1項)。
報告が必要なのは、以下の6点です。
- 交通事故が発生した日時および場所
- 交通事故における死傷者の数
- 負傷者の負傷の程度
- 損壊した物およびその損壊の程度
- 交通事故に係る車両などの積載物
- 交通事故について講じた措置
警察への報告が完了すると、報告内容に基づいて、自動車安全運転センターから交通事故証明書の交付を受けることができます。この交通事故証明書は、保険金を請求する際に必要になってきます。
(参考: 『道路交通法』)
保険会社へ連絡する
警察への報告が完了したら、自分が契約している保険会社に連絡して、交通事故に遭ったことを伝えましょう。この連絡を怠った場合、対物賠償保険や車両保険などが利用できなくなる恐れがあります。
自分の保険を利用するつもりがなくても、保険会社には連絡して報告しましょう。例えば、事故による保険等級への影響や、翌年度以降の保険料を算出してもらい、自動車保険を利用するかどうかを決めることも可能です。
保険会社への連絡は、事故発生後速やかに行うことが重要です。事故の内容次第では、自分の保険会社の担当者が相手方と示談交渉してくれることもあり(これを「示談代行」といいます。)、示談交渉の負担が格段に軽減されます。
現場の状況を記録しておく
加害者との示談交渉では、事故当時の状況に基づいて、過失割合や同過失割合を前提とした具体的な賠償額を決めていきます。加害者側と事故状況についての認識が食い違う場合、話し合いでの解決に時間がかかる可能性、話し合いでは解決できず、訴訟に至る可能性は高くなります。
示談交渉をできるだけ有利に進めるためには、事故直後の記憶が鮮明なうちに、現場の状況を正確に記録しておくことが大切です。可能であれば、事故直後に、事故に遭った車両の損傷部の写真や相手方車両の損傷部の写真を撮影しておくとよいでしょう。また、車にドライブレコーダーを搭載している場合は、映像記録を残しておきましょう。
損害額を証明する資料を準備する
物損事故の示談交渉では、加害者に対して、車の修理費用や代車費用などを請求できます。しかし、修理費用や代車費用などの補償は、被害者側が具体的な金額(損害額)がわかる資料を提出しない限り、相手方(相手方保険会社)に認めてもらえません。
例えば、修理費用を請求する場合は、自動車修理工場の見積書や請求書などの書類が必要になります。
また、事故車を売却するか、廃車にしてスクラップ代金を得た場合は、その金額を請求できる損害額から差し引く必要があります。領収書やレシートなど、金額を証明できるような書類を取っておきましょう。
示談交渉を進める
物損事故の加害者が判明している場合は、示談交渉を行います。多くの人は任意保険(対物賠償保険)に加入していますので、基本的に保険会社の担当者と話し合いを進めていくことになります。
保険会社の担当者は、物損事故に関する経験やノウハウが豊富ですので、一般の方が有利に交渉を進めるのは難しいといわれています。自分で示談交渉をすることに不安を感じる場合や、損害額が大きく、加害者側との交渉に時間がかかることが想定される場合は、弁護士に相談・依頼するとよいでしょう。
示談交渉が始まる前のタイミングで弁護士に相談すれば、今後の対応の流れについて、専門的なアドバイスを受けることも可能です。
物損事故で保険を利用するときの注意点
物損事故の被害に遭った場合、車両保険や対物賠償保険などの保険を利用できると説明しました。物損事故では、以下の4つの点に注意しましょう。
- 自賠責保険は使えない
- 自分にも過失割合がつく可能性がある
- 自分の保険を使うと保険料が上がる
- 当て逃げの場合でも警察へ連絡する
自賠責保険は使えない
物損事故では、自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)を使えません。
自賠責保険とは、“自動車損害賠償保障法に基づき、自動車の運行による人身事故の被害者を救済するため、全ての自動車に保険契約を義務づけ、損害賠償責任の履行を確保する事を目的にしている保険”です。
自賠責保険は、人身事故によって生じた損害のみを対象としています。物損事故に対して、自賠責保険から保険金が支払われることはありません。物損事故に対する補償は、自動車保険(任意保険)を通じて行われるのが一般的です。
(参考: 『よくあるご質問』)
自分にも過失割合がつく可能性がある
交通事故の示談交渉には、過失割合という考え方があります。過失割合とは、“加害者側、被害者側の双方に責任がある場合に、それぞれが負担すべき損害賠償責任の割合”のことです。
例えば、物損事故の過失割合が、加害者側80%、被害者側20%の場合、被害者は自らの過失である20%分を差し引き、損害額の80%を請求できます。この仕組みを「過失相殺」と言います。
ただし、物損事故の場合、自己負担分については自分の車両保険を利用することが可能です。
(参考: 『過失割合とは、どのようなことをいうのですか。』)
自分の保険を使うと保険料が上がる
物損事故による損害の補償のため、自動車保険を利用する場合、翌年度の保険料が上がる点に注意しましょう。
自動車保険には、ノンフリート等級別料率制度という仕組みがあります。 ノンフリート等級別料率制度は、“契約者の事故実績に応じて1等級~20等級に区分し、等級ごとに割増引率を定める”仕組みです。翌年度の保険料は、保険等級が低いほど高くなります。
物損事故を起こし、自分の対物賠償保険や車両保険を利用した場合、翌年度の等級が3等級下がります(※火災や落下物の衝突などの場合を除く)。保険料の金額によっては、損害額を全額自己負担した方が結果として安くなるケースも考えられます。そのため、自分の保険を使うかどうかは慎重に検討した方がよいといえます。
(参考: 『【自動車保険】ノンフリート等級別料率制度が改定されます』)
当て逃げの場合でも警察へ連絡する
物損事故の中でも、事故後の対応が難しいのが当て逃げです。駐車中のドアパンチや、信号待ち中の追突事故など、当て逃げによる被害は身近に存在します。
当て逃げの被害に遭い、加害者を特定できない場合であっても、警察への連絡は必ず行ってください。前述のとおり、道路交通法第72条において、警察への届け出が義務付けられているからです。
また警察に被害届を出しておくと、思わぬところから犯人が見つかり、事後的に損害賠償の請求が可能になるケースもあります。当て逃げされたからといって泣き寝入りをせず、すみやかに警察に通報しましょう。
まとめ
物損事故の被害に遭ったら、加害者の対物賠償保険を用いて、車の修理費用や買換代金、代車費用などを請求することが可能です。保険会社から提示された金額に納得できない場合は、事故後の示談交渉を通じて、妥当と考えられる賠償金を請求しましょう。
物損事故の示談交渉なら、弁護士法人琥珀法律事務所にご相談ください。弊所では、交通事故問題の専門家が、責任を持って保険会社と交渉いたします。

【経歴】
2008年 | 弁護士登録 |
2010年 | 主に労働事件を扱う法律事務所に入所 |
2011年 | 刑事事件、労働事件について多数の実績をあげる |
2012年 | 琥珀法律事務所開設東村山市役所法律相談担当 |
2014年 | 青梅市役所法律相談担当 |
2015年 | 弁護士法人化 代表弁護士に就任 |
2022年 | 賃貸不動産経営管理士試験 合格 2級FP技能検定 合格 宅地建物取引士試験 合格 |
2024年 | 保育士試験 合格 (令和5年後期試験) 競売不動産取扱主任者試験 合格(2023年度試験) |
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