物損事故と人身事故の大まかな違いは理解しているものの、利用できる保険や事故発生時の対応方法などの詳細についてはよく知らないという方もいるのではないでしょうか。
交通事故の種類は、大きく分けて物損事故と人身事故の2種類に区分されます。どちらの場合も被害者は加害者に対して損害賠償請求をすることが可能ですが、物損事故と人身事故では請求内容や請求額に違いがあるので注意が必要です。
この記事では物損事故の定義や人身事故との違い、損害賠償の範囲、物損事故が発生したときに取るべき行動、物損事故から人身事故へ切り替える方法についてご紹介します。

物損事故とは?意味や人身事故との違いを紹介

同じ交通事故でも、物損事故と人身事故では定義や損害賠償の範囲などに大きな違いがあります。交通事故にいつ巻き込まれるか分かりませんので、万一の事態に備え、物損事故の意味や人身事故との違いを押さえておきましょう。
ここでは物損事故の定義と人身事故との違いについて解説します。
物損事故の定義
物損事故とは、車両や積載していた荷物などに物だけに損害が発生し、人の生命身体に被害が生じなかった交通事故を意味します。警察では物件事故と呼ばれることもありますが、世間では物損事故という名称が一般的に用いられています。
例えば、車両同士が衝突事故を起こして双方の車両に凹みや傷がついたものの、ドライバーや同乗者は一切負傷しなかった場合は物損事故となります。一方、ドライバーや同乗者が少しでも負傷した場合は人身事故扱いとなります。
人身事故と物損事故の違いとは?
人身事故と物損事故では適用される保険や処分の有無などに違いがあります。
以下では人身事故と物損事故の主な違いを一覧にまとめました。
項目 | 人身事故 | 物損事故 |
---|---|---|
自賠責保険適用の有無 | あり(上限額まで適用可) | なし |
慰謝料請求の可否 | 可 | 基本的に不可 |
損害賠償請求の対象 | 運転者、自動車の所有者(運行供用者) | 基本的に運転者のみ |
免許点数の累積 | あり | なし |
損害賠償請求権の時効 | 損害及び加害者を知った時から5年 | 損害及び加害者を知った時から3年 |
損害について証明責任を負う側 | 被害者 | 被害者 |
上記の比較から分かるとおり、物損事故よりも人身事故の方が賠償責任や受ける処分が重くなる傾向にあります。
物損事故による損害賠償の範囲
物損事故の被害者は、加害者に対して損害賠償請求をすることができます。損害賠償の範囲は事故のケースによって異なりますが、基本的に事故発生前の状態に戻すために必要な費用の補償を受けることが可能です。
ここでは物損事故による主な損害賠償の範囲を7つに分けて説明します。
車両の修理費用
交通事故の際に乗っていた車両が破損した場合、その修理費用を請求できます。ただし、原則として、請求額は事故時の車両の時価相当額を上回ることができません。
例えば、時価額が100万円の車両の修理費用が130万円であった場合、差額の30万円は損害と認められず、損害額は100万円が上限となります。
特に時価相当額が低くなりがちな中古車の場合、時価相当額と修理費用に差が生じやすいので、あらかじめ注意が必要です。
車の買替費用
車両が大破して修復が困難な場合、あるいは修理費用が買替費用より高額になる場合、新しい車両を購入するための買替費用について、損害賠償請求をすることができます。
ただし、買替えにかかった費用を全額請求できるわけではなく、事故当時における車両の時価相当額と事故車両の売却金額との差額に、買替諸費用(検査・登録費用や車庫証明費用、廃車費用、リサイクル費用、自動車取得税など)を加えた金額が上限となるのが一般的です。
代車使用料
車両を修理あるいは買い替えるまでに代車を利用した場合、その使用料について、損害賠償請求をすることができます。
なお、代車使用料は代車を利用した日数に比例しますが、費用を請求できるのはあくまで修理または買い替えのために、必要かつ相当な範囲で代車を利用した日数分のみです。必要以上に代車を利用した場合、超過分は請求が認められないことに注意しましょう。
また、車両を修理・買い替える際にディーラーや整備工場から無償で代車の提供を受けた場合、代車使用料は発生しておらず、被害者には、代車使用に関する損害が生じていないため、代車使用料は請求できません。
車両の評価損
事故によって損傷した車両は、損傷箇所によっては、たとえきれいに修理したとしても市場では事故車扱いとなり、時価が下がってしまうことがあります。
このように、事故後に修理した車両の時価が事故前の車両の時価より下がってしまうことによる損害を評価損といい、被害者は、この差額について損害の賠償を請求することができます。
ただし、評価損については相手方の保険会社が認めないケースや認めたとしても低額にとどまるケースが少なくありません。
事故歴(修復歴)があることで、車両の価値がどの程度下落したかを立証するのは容易ではありませんので、評価損の請求を検討する場合は、弁護士に相談・依頼するのがよいでしょう。
休車損害
休車損害とは、車両を修理または買い替えるまでの期間に発生した営業利益の喪失のことです。
対象となるのは緑ナンバーの営業車両で、例えばタクシーやバス、トラックなどがこれに該当します。
これらの営業車両は一般的な乗用車(白ナンバー)では代替できず、車両を運行できなかったことによって本来得られるはずだった営業利益を喪失したとみなされますので、休車損害について、損害の賠償を請求することが可能です。
ただし、休車損害を請求するためには、事故日以降もその車両を使用する業務があったことや、保有車両で代替できないことなど、いくつかの要件を満たす必要があります。
レッカー代
車両が事故によって自走できず、レッカーを利用した場合、その費用について損害の賠償を請求することができます。
なお、自走が可能だったとしても、ウインカーが壊れて点灯しない、バンパーが外れているなどの不具合が発生している場合は、そのまま公道を走行すると道路交通法違反に問われる可能性がありますので、レッカー代を請求することが可能となる場合があります。
ただし、損害賠償請求が認められるのは、必要とされる距離分のレッカー代のみです。例えば、最寄りの修理工場より遠い工場へレッカー移動した場合、特段の事情がない限り、損害賠償請求が認められるのは最寄りの修理工場への移動分のみになるので注意しましょう。
また、レッカー代の請求が認められるのは原則として1回分のみです。
家屋・積荷の損害
車両が家屋に衝突して家屋が損傷した場合や、車両対車両の事故で積載していた荷物が破損した場合、その損害分を請求できます。
基本的には修理費用分の請求となりますが、修理や建て替えの間に他の住居へ仮住まいしなくてはならなくなった場合、その家賃も損害として認められることがあります。
また、被害を受けたのが店舗で、損壊によって営業を停止せざるを得なかった場合は、休車損害と同様、本来得られるはずだった利益を喪失したとして、損害の賠償を請求することも可能です。
物損事故が発生したときに取るべき行動
物損事故に遭うと気が動転してしまい、どのような行動を取ればよいのか迷ってしまいがちです。事故はいつどこで発生するか分かりませんので、事故解決までスムーズに進めるよう、あらかじめ取るべき行動の概要を把握しておきましょう。
ここでは物損事故が発生したときに取るべき行動を6つ説明します。
警察へ連絡する
交通事故が発生した場合、当事者は速やかにその旨を警察に報告する義務があります。車両を安全な場所まで動かして停車し、怪我の有無を確認した後、携帯電話などで警察に連絡して事故が発生した旨を伝えましょう。
なお、警察に連絡しなかった場合、道路交通法違反に問われるリスクがありますし、保険金請求に必要な交通事故証明書の交付を受けられなくなるので、注意が必要です。
警察には、事故の状況(物の破損状況や負傷者の有無など)や事故が発生した場所などを伝えます。場所が分からない場合はスマートフォンで位置情報を確認するか、目印になる建物などを説明しましょう。
相手の連絡先を確認する
相手から住所や氏名、電話番号などの情報を聞き取り、メモしておきます。
ただし、口頭だと聞き間違いなどのリスクがあるので、カメラ機能付きの携帯電話やスマートフォンがある場合は、相手に免許証を提示してもらって、表と裏の両面を撮影しておくとよいでしょう。
事故後の主なやり取りは当事者各人が加入する任意保険会社を通じて行われることがほとんどであり、連絡先の交換も保険会社を介して行うことが可能です。
しかし、その場合には、基本的に電話でのやり取りになるため、相手の免許証を確認することはできません。正確な情報を得るためにも、可能であれば当事者同士で免許証を撮影し合う方法で連絡先を交換するのが望ましいでしょう。
加入している保険会社へ連絡する
自身が加入している保険会社へ、交通事故に遭ったことを伝えます。 その際は警察への連絡と同じく、事故の状況・態様や損害の度合い、怪我人の有無などを伝えます。また、前述のとおり、保険会社に相手の連絡先を聞いてもらうことも可能です。保険会社に連絡しておけば、その後の相手との示談交渉を一任できる場合が多いので、なるべく速やかに連絡しておきましょう。
証拠を残しておく
物損事故で損害賠償請求を行う場合、被害者自身が損害の有無や内容、程度を証明する必要があります。事故の当事者それぞれの状況説明が食い違うことは少なくありませんので、過失割合や損害の程度を証明する証拠はしっかり確保しておきましょう。
例えば、ドライブレコーダーの録画映像(自身の車両のドライブレコーダーの映像のみならず、後続車や先行車のドライブレコーダーの映像も含みます。)や、事故現場の写真、車両の損傷箇所の写真、目撃者の証言などは明確な証拠になりますので、きちんと保管したり、録画データの提供や裁判での証言をお願いしておくとよいでしょう。
なお、ドライブレコーダーの映像は時間が経過すると上書きされてデータが消去してしまう可能性があるので、パソコンやスマートフォン、記録媒体(USBメモリ等)にデータを移行させておきましょう。
損害を証明する資料を準備する
物損事故によって生じた損害の賠償を請求するにあたって、損害を証明する資料は、同損害の賠償を請求する被害者側が準備しなければなりません。
具体的な例として、交通(物件)事故証明書や事故当時の車両の写真、車両の修理見積書、車検証などの資料が正確な損害額を算出するにあたって必要になりますので、これらの資料をあらかじめ取り揃えておきましょう。なお、交通事故証明書は警察署で交付してもらうことが可能です。
また、休車損害が発生している場合は、事故車両を使って本来得るべきだった収入を証明するための資料(決算書等)も用意しておきましょう。
示談交渉を進める
一般的に、物損に関する各種資料を揃えて相手方保険会社に提出すると、しばらくしてから示談案が提案されます。
示談案には損害の項目や損害額だけでなく、過失割合に対する見解も明記されますので、内容をきちんと確認しましょう。内容に納得できた場合は署名・押印して解決(示談成立)となりますが、納得できない場合は、さらなる交渉が必要になります。
なお、任意保険は、保険会社が加入者に代わって示談交渉を行う示談代行サービスが付帯されているものがほとんどです。そのため、同示談代行サービスを利用して相手方と交渉を開始するのが安心ですが、被害者に過失がない場合、示談代行サービスを利用することはできません。その場合、被害者自身で相手の保険会社と交渉することになりますが、交通事故に関する専門的な知識を有している方が示談交渉を有利に進めやすくなります。そのため、このようなケースでは、弁護士への相談・依頼を検討した方がよいでしょう。
物損事故から人身事故へ切り替える方法
事故直後は痛みを感じず、ケガをしていないと思い込んでいても、後日、体に違和感や痛みが出てきというケースは少なくありません。その場合、物損事故から人身事故への切り替えを検討することになりますが、いくつかの手続を踏む必要があります。
ここでは物損事故から人身事故に切り替える方法を説明します。
病院で診断書を作成してもらう
まず、交通事故で負傷したことを証明するために病院を受診し、医師に診断書を作成してもらいましょう。なお、診断書の作成には数日間かかることがあります。その場合は診断書の作成を待たず、先に警察へ人身事故に切り替える旨を連絡しておきましょう。
また、診断書の作成は有償ですが、診断書発行手数料も、事故による損害として加害者に請求できますので、領収書や明細書は捨てずに保管しておきましょう。
警察署に診断書を提出する
病院で作成してもらった診断書を、管轄の警察署に提出します。手続をスムーズに進めるために、診断書を持参する際は事前に警察署に連絡しておきましょう。
なお、人身事故への切り替えは一般的に事故後10日以内に行うのがよいとされています。
そのため、事故後に痛みや違和感を覚えたら、なるべく早めに行動に移すことが大切です。
実況見分や事情聴取などに対応する
人身事故への切り替えが認められた場合、警察と被害者、加害者で実況見分が実施されます。
実況見分とは、警察が現場検証を行い、事実の確認や証拠の保全を行うことを指しますが、物損事故から人身事故へ切り替えた場合、現場に証拠はほとんど残されていないので、事実の確認が主となります。
また、実況見分に加えて、事故の当事者に対して、交通事故前や事故当時の状況、事故後の措置などを尋ねる事情聴取が行われます。現地や警察署に赴くことになるので、相応の負担がありますが、警察から連絡が来たらきちんと対応しましょう。
まとめ
物損事故は、車両や建物など、物だけが損壊した交通事故のことです。人の生命・身体への被害を伴う人身事故と比べて、自賠責保険が使えない、原則として慰謝料を請求できない等の違いがいくつかあります。
なお、当初は物損事故として処理されても、後日、ケガが発覚した場合は、診断書を警察に届け出て人身事故に切り替えることも可能です。ただし、事故発生日から相当期間経過後に医師の診察を受けた場合、事故とケガの因果関係が不明瞭になるおそれがあります。そのため、事故後にケガが発覚した場合は速やかに診断書を取得して切り替え手続きを行いましょう。

【経歴】
2008年 | 弁護士登録 |
2010年 | 主に労働事件を扱う法律事務所に入所 |
2011年 | 刑事事件、労働事件について多数の実績をあげる |
2012年 | 琥珀法律事務所開設東村山市役所法律相談担当 |
2014年 | 青梅市役所法律相談担当 |
2015年 | 弁護士法人化 代表弁護士に就任 |
2022年 | 賃貸不動産経営管理士試験 合格 2級FP技能検定 合格 宅地建物取引士試験 合格 |
2024年 | 保育士試験 合格 (令和5年後期試験) 競売不動産取扱主任者試験 合格(2023年度試験) |
【その他のWeb活動】
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